|
ジャンル不問萌え語り&日常/女性向け同人要素過多・要注意
2006/07/12 (Wed) 20:44
最近、催眠関係の本をよく読んでいるのだけれど、ああいう本の作者と云うのは妙にテンションの高い人(のように窺える)か、何かを脅迫するように高圧的な文章の人のどちらかなのは仕様かしら。それとも私が遇々そういった作者に当ってしまっただけかな。私は特にどっちのタイプも嫌いではないのだけれど、読了後にその傾向に転んでしまいそうなのが危険だ。そんな中で今読んでいるのは比較的穏やかに物語を綴っている感じで、と云うよりもエッセイ臭漂う文章だから読み易いのはいいのだけれど、ひょっとしてこの人は「オレこんなことしちゃった!」と云いたかっただけなのかなという気がしないでもない。私はそういうのは好きなんだけど、だったらエッセイにすれば良かったのにとは思った。けれどもよく考えたらエッセイって、名前を知っている人の本ぐらいしか読まないから、つまりこれは作戦だったのかもなァ。くそう、巧いな騙された。
嫌いではない、好きではない、と云う曖昧な表現をする時って、どうしても奈美木セツを思い出す(漢字合ってたっけ?)絡新婦でのあの伊佐間とセっちゃんとの遣り取りと云うか、セツの「嫌いじゃないけど好きになれない」・「好きじゃないけど嫌う理由がない」という表現が凄い好きだった。これは人に依っては煮え切らなくて苛々することなのかもしれないけれど、こういう曖昧な感情を持ってしまう人間の心理が凄く面白いと思う。これは多分、元々は白黒ハッキリしていなきゃ嫌なタイプこそが持つ感情じゃないかなァと。普段煮え切らない人ほど逆に好きなものや嫌いなものを誇示する傾向が強いと思う。それはだからもしかしたら、逆の部分を他者へアピールしているんだと思うんだよね。好きなものを褒め称えることで嫌いなものを暗に匂わせているのよ。逆も然り。まぁ単純に好きだから好きだーと叫んでいるだけっていうのが実際のところなのだろうけれど、偶にそういったことに対して穿った身方をすると面白いなァ、なんてな。 人それぞれ、と云うのは善く出来た言葉で、同じ楽観的な言葉を吐いたとしても受け止める側に依っては全く意味合いが変わってしまう。額面通りプラスに受け取る人と、これは何か裏があるに違いないとか、その言葉自体をマイナスに感じてしまう人もいる。それは言葉を吐いた相手に対して、受け取る側が相手を如何思っているかでも変わってしまうから、一概に正誤の判別は付けられないのだけれど、例えば多少でも言葉を吐いた人間に対して負の感情がある場合は、何を云われても素直には受け止められないんだよね。不思議なことに、言葉を云った側よりも、受け取る側の方がその言葉を深く考察してしまう訳だ。口にしたことには責任を持とうって善く云うけれど、それは聞いた側がその言葉を如何解釈しているか判らないからこそなのかも知れない。なんて今更そんな誰でも判っているようなことをわざわざ書いたのは、新刊落としたらどうしようと云う不安の現れなのだった(笑) ところでタイトルの「あなたは云々」は、「開けゴマ」ぐらい定着した言葉だよね。催眠と云えば前者、魔法と云えば後者ぐらいに。そういうのって凄く善いと思う。ベタや王道と云われる話は場合に依っては酷くつまらないけれど、昨今は大抵、予測は裏切るけど期待は裏切らない素敵な展開になるから、私はやっぱりベタが好きだ。 PR この記事にコメントする
|